新型コロナウイルス禍を経て、人々の「洗濯」のスタイルが大きく変化している。全国のクリーニング店の軒数は10年間で3割以上減り、一方でコインランドリーの店舗数は右肩上がりに増加しているという。背景にあるのは一体何なのか、現場を取材した。(時事ドットコム編集部 谷山絹香)
閉店決めたクリーニング店
「原材料費は上がるし、売り上げは伸びない。もう潮時かな」。横浜市内でクリーニング店を営む男性店主(54)は、2024年6月末での閉店を決めた。父親からクリーニング業を引き継いだ約20年前から売り上げはじわじわと減少傾向が続いていたが、コロナ禍が経営状況の悪化に拍車をかけたという。「みんな会社に行かないし、スーツも着なくてよくなった。(新型コロナが感染症法上の)5類に移行したらまた少し上がってくるかと期待をしていたが、そうではなかった」。コロナ禍で、売り上げは3割減にまで落ち込んだ。
さらに、ドライクリーニングで使う有機溶剤に加え、ロシアによるウクライナ侵攻の影響でガス代も大きく高騰。一方で、客足を考慮して、値上げはほとんど実施しなかったという。「消費税が8%から10%になったときも値段はそのまま。逆に値引きセールを増やすぐらいでやってきた」と店主。「昔はみんなワイシャツや背広を着て、週6日働いていたのが、今は、ポロシャツなど家で洗える衣類も多くなり、ファストファッションも流行している。クリーニングしないといけないものが減ってきましたよね」と寂しげにつぶやいた。
クリーニング店、10年で35%減
厚生労働省の衛生行政報告例によると、2012年度に11万8188施設あったクリーニング店(無店舗取次店なども含む)は、年々減少。22年度には、約35%減の7万6300施設になった。
なぜここまで数を減らしたのか。消費行動に詳しい野村総合研究所の松下東子チーフコンサルタントは、▽テレワークなど就労環境の多様化により、スーツやワイシャツといったビジネス着で働く人が減少していること▽形状記憶ワイシャツや、水洗いできるスーツなど衣類が高機能化していること▽洗濯乾燥機や、洗剤、アイロンなどホームクリーニングが高機能化していること―などが挙げられると指摘。「今はクールビズなども普及し、ビジネス上のマナーよりも機能性や快適性、ひいては効率性を重視する方向に時代の流れが来ている」と話す。
物価高も重荷となった。帝国データバンクによると、この20年ほどは、クリーニング店の休廃業や倒産の件数は年間40~60件台で推移していたが、23年度は82件に増加。同社情報統括部の飯島大介氏は「新型コロナウイルスの影響に加えて、ハンガーやフィルム、機械の維持・稼働費など諸々のコストも上がってきている。その一方で、客足を考えると容易に値上げできない。結局利益が出ずに、やめてしまう店も多い」と語る。
コインランドリー、20年で約2倍
厳しい状況が続くクリーニング店の一方、同じ「洗濯」でも増加の一途をたどるのはコインランドリーだ。厚労省の調査によると、1996年度に1万228店だった店舗数は、2013年度には1万6693店に増加。コインランドリーの専門誌「ランドリービジネスマガジン」の推計では、17年度には2万店を超え、現在は2倍以上にあたる、約2万5000店に及ぶという。
増加の要因について、ランドリービジネスマガジンの前沢優希編集長は、「共働き世帯が増え、家庭における洗濯の時間がとりづらくなったことが大きく影響している」と説明。一度に大量に洗濯できるコインランドリーの需要が高まったとみる。「これまでは単身のサラリーマン男性や単身赴任している人がメインターゲットだったが、共働き世帯の利用が高まるにつれて、現在の利用者層は女性中心になってきている」とも指摘する。
タワーマンションが増加したことで外干しが難しくなっていることや、新型コロナウイルスの影響で清潔志向が高まり、毛布やシーツを頻繁に洗いたい人が増えたことも後押ししたという。「布団など『大物洗い』の需要が伸び、機械の性能も進化していった」と話す。
オーナー側から見ても、コインランドリービジネスは土地の有効活用や節税対策などの観点からメリットが多いという。「早ければ5年、平均でも10年ほどで初期投資額を回収できることから、手堅く人件費をかけずに利益を出せると、注目が高まっている」と前沢編集長。「今後も緩やかに数は増えていく見通しだが、コインランドリー同士の競争も激化しつつある」と語った。
お出かけスポットにも
スタイリッシュな店内が特徴のコインランドリー「バルコランドリープレイス」も、2017年にオープンして以降、年々数を増やしている。17年に5つだった店舗は、約7年で240店に。中にはカフェ併設や、ペット用品専用のマシンが設置されたランドリーもあり、運営する「OKULAB(オクラボ)」(東京都渋谷区)の担当者は、「家事を済ませることができつつ、ある種のお出かけスポットとして、夫婦や子ども連れで来られる方も珍しくない」と話す。
各家庭に洗濯機が普及している現在、どのようなシーンでコインランドリーが選ばれているのか。6月上旬、「バルコランドリープレイス代々木上原」を訪れた人に話を聞いてみた。「大きいものは家で干す場所が限られているので、乾燥まで一気にやってくれるのがありがたい」と語るのは、友人と毛布を洗いに来た大学生の男性(23)。「コインランドリーの良いところは、自分が好きなときに来られて、好きなときにピックアップできるところ。普段着る服は基本的に家で洗濯できるので、自分ではクリーニングに出したことがない」と明かした。
会社員の女性(28)はスニーカーを洗いに訪れたという。「靴は家で手洗いするのがしんどいので、コインランドリーの方が、タイムパフォーマンス(タイパ)がいい」。普段は出張帰りなど、1回でたくさんの洗濯物を洗いたい時に利用するという。「毎日利用すると金額が大きくなってしまうが、単発で利用すると飲み代ぐらいなので、少し楽をしたい時に便利」と語った。
「時間をお金で」続くタイパ意識
さまざまな理由でクリーニング店が数を減らし、代わりにコインランドリーの需要が伸びてきた現代。今後もこのトレンドは続いていくのか。前述の野村総合研究所チーフコンサルタントの松下東子氏は、「効率化や時短につながるタイパは、特に若い世代で強く意識されている。その世代がこれから世帯形成していくことを考えると、大型の洗濯機で素早く洗って乾かせるコインランドリーは、今後も支持されるだろう」と分析する。さらに、「共働き世帯は安さよりも利便性を重視する傾向が強い」と指摘。「共働き世帯が増えた今、ダブルインカムで財力がそれなりにある場合、コインランドリーや宅配クリーニングなど、時間をお金で解決しようと思う人も多い」と話す。
一方で、クリーニングに関しては、「店舗が減っていく中で、持ち込みや引き取りのアクセスが課題になる」との見方を示す。「わざわざ車に乗って、遠くのクリーニング店に持っていくことはますます難しくなる。短いサイクルで安価なファッションを消費し、『装い』にお金をかけない現代で、遠くに散っている小粒な需要をどれだけ集約できるかが、これからの生き残りにつながるのではないか」と語った。(了)